雅楽演奏会

雅楽演奏会

2009.11.16 北之台雅楽会

雅楽とは

雅楽とは、古代の日本固有の音楽だけでなく、古代のアジア大陸諸国の音楽をもとにして、またその影響を受けて、10世紀、平安時代中期に完成しまし た。主に宮廷、貴族社会、有力社寺等で行われてきた日本で最も古い古典音楽の総称です。雅楽は、演奏形態によって管絃、舞楽、歌謡の三種類に分けることが できます。

千数百年の歴史がある雅楽は、「世界最古のオーケストラ」と言われ、古事記や日本書紀にもその記述が見られます。平安時代中頃になると、それまで外 来音楽だった雅楽は、急速に日本化されていき、色々な改革がなされました。取り扱いの難しい楽器や、日本人の感覚にあわない曲などは整理され、逆に日本人 による雅楽の新曲も盛んに作られました。こうして現在の雅楽とほぼ同じ形になっていき、以来、千年以上も、その形をほとんど変えずに現在まで伝えられてき ました。

雅楽は歴史的に古いだけではなく、日本の芸能文化である能、狂言、歌舞伎、日本舞踊なども、ほとんどがこの雅楽が元になり、その影響を受けながら、それぞれが進歩発展を遂げて来たものと言われています。

北之台雅楽会とは

北之台雅楽会は、日本の古典芸術である「雅楽」による青少年の情操教育、また日本文化紹介として国内外に於いて公演、鑑賞会等を行い、文化交流の一助に資する目的で活動しています。

発足当初より、元宮内庁楽部楽長、故東儀文隆先生より指導を受けてきました。現在、日本国内および海外に於いて公演、雅楽舞楽のワークショップ、また小中高大学、地域行事において演奏会を行っています。

プログラム

開演20:00~

<第一部>

雅楽入門

* 雅楽とは、古代の日本固有の音楽だけでなく、古代のアジア大陸諸国の音楽をもとにして、またその影響を受けて、十世紀、平安時代中期に完成し、主として宮廷、貴族社会、有力社寺等で行われてきた日本で最も古い古典音楽の総称です。
* 雅楽は、演奏形態によって三種類に分けることができます。それらは、①管絃、②舞楽、③歌謡です。
* 千数百年の歴史がある雅楽は、「世界最古のオーケストラ」と言われ、古事記や日本書紀にもその記述が見られます。奈良時代に行われた東大寺の大仏開眼会 (かいげんえ)では、国際色豊かな種々の舞が奉納され、総勢500人にものぼる雅楽史上最も大規模な演奏だったと言われています。
* 平安時代中頃になると、それまで外来音楽だった雅楽は、急速に日本化されていき、色々な改革がなされました。取り扱いの難しい楽器や、日本人の感覚にあわない曲等は整理され、逆に日本人による雅楽の新曲も盛んに作られました。
* こうして現在の雅楽とほぼ同じ形になっていき、以来、千年以上も、その形をほとんど変えずに現在まで伝えられてきました。
* そうして、雅楽は歴史的に古いだけではなく、日本の芸能文化である、能、狂言、歌舞伎、日本舞踊なども、ほとんどがこの雅楽が元になり、その影響を受けながら、それぞれが進歩発展を遂げて来たものと聞いております。

舞楽「陵王」
古代中国にあった北斉の蘭陵王長恭はあまりにも容姿が美しかったため、戦場に臨むときは、常に恐ろしい顔を した仮面を付けて全軍を指揮したと伝えられています。この曲はその姿を舞いにしたものと言われています。左方の一人舞で、舞人は龍顔を頭上にした面をつ け、毛縁の裲襠装束を着、金色の桴を右手に持って、勇壮華麗に舞います。

舞楽「胡蝶」
胡蝶は、中国の胡の国の蝶が嬉々として遊ぶ様を舞にしたと言われています。美しい蝶の羽を背に着け、山吹の花の天冠をかぶり、山吹の花を手に持って舞います。童舞の四人舞です。

<第二部>

管絃「平調音取」
平調は唐楽の一つで、洋楽のE音(ホ音)に相当する音を基音としています。『音取』は、合奏の始めに音 律を整えるとともに、その調子に独特の旋法を示して演奏の雰囲気を作るために奏する短い曲です。洋楽でいうチューニング(調音)が高度に様式化したもの で、笙、篳篥、龍笛、鞨鼓、琵琶、箏の順に奏します。

管絃「越殿楽」
越天楽とも書きます。作曲者や由来は分かりませんが、雅楽曲の代表でもあり、黒田節の原曲ともいわれてい ます。親しみやすいその旋律は、正月や結婚式などで耳にする機会のある、日本人にはなじみの深いものです。早四拍子(4/4拍子の四小節で一楽節をなす拍 節) の曲で、同名で、平調、盤渉調、黄鐘調の三つの曲がありますが、平調の越殿楽が最も有名な曲です。

楽器紹介

管絃「陪臚」
武人の戦勝を祝った曲で、聖武天皇(724~749)の御代に、林邑(りんゆう=現在のベトナム地方)の僧「仏哲」がわが国に伝えたものだといわれています。この曲の拍子は早只四拍子という、四分の二拍子と四分の四拍子とが交互に現れる珍しい曲です。

神楽舞「浦安の舞」
紀元2600年(昭和15年)の奉祝の祭典のため、時の宮内庁楽部楽長の多忠朝(おおのただとも)氏 が、昭和天皇の御製「天地の 神にぞ祈る 朝なぎの 海のごとくに 波たたぬ世を」に作曲、振り付けをされたものです。「浦安」とは心の安らかという意味 で、平和を祈念して作られた舞です。また古くから日本は風土が秀麗であったことから、「浦安国」とも呼ばれていたことに因んだものです。舞は前半の扇の 舞、後半の鈴の舞からなり、舞姫は平安朝の頃から宮中で用いられてきた、奥ゆかしくも美しい装束を身に着けて舞います。

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